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日系シチズン工場の中国労働者からの訴え

 10月17日から連日、ストライキを闘っている中国・深セン市の日系シチズン冠星工場の労働者(本速報版で24日既報)から、工場で何が起きているかの真実を暴き、連帯の決起を求める訴えが11月1日、ネット上に公開レターとして発表された。このレターは、中国の労働者人民へのアピールであると同時に、日本の労働者階級への呼びかけでもある。これに応える闘いとして、11・6労働者集会への一大結集をかちとろう!(G)

【シチズン工場の労働者からの公開レター】(カッコ内は翻訳者の注)
「私たちの権利を守るストライキは、まだ終わっていない」 

 10月26日、私たちは、私たちの権利を守るためのストライキ行動が「すでに基本的には終わり」「圧倒的多数の労働者が工場側の譲歩条件を受け入れた」と新聞で報道されているのを見た。さらに「沙井人力資源部は、私たちに毎月食事代として100元から300元を加算するつもりであるのに、それを私たちが拒否したと言った」とも報道されている。しかし、私たちははっきりさせなければならない、これらはみな、事実ではない。
 私たちの権利を守るためのストライキは、まだ継続している。しかし工場側は根本的に私たちとなんら協議を行おうとしていないし、何らかの「譲歩条件」も、食事代を引き上げることに関する話も聞いたことなどない。さらに重要なことは、私たちのストライキは全過程において非常に平和的であり、合理的な行動を通じて要求を表明し、労働者の合法的な権利を守ることを望んでいるだけである。しかし私たちは、相手側(工場側)の圧力と攻撃に直面しているのである。例えば、私たちはこんな人物を目撃している。その人物はある時には自分を記者だと言って、私たちに取材をし、私たちから情報を集めていく。ところが別の時には、彼は他の記者に対して自分はシチズン冠星の労働者だと言って、4ページの資料を手に記者のインタビューを受け入れるのである。私たちの女性労働者の一人が彼の手からこの4枚の紙を奪ってきたが、その紙に描かれていることは、“状況はすでに円満解決している”という、まったくありえない「和解」の描写であることが分かった。女性労働者は、この資料をコピーして他の仲間の労働者に配った。仲間の労働者たちは、“悪の手先め!”と怒って彼をののしり、“悪の手先”はそれを聞くと身を翻して逃げていった。その後私たちは、彼が政府の車の中で座って休んでいるのを発見した。
 10月28日、私たちはさらに多くの人たちに事情を知ってもらおうと、工場の入り口に出て行くことを決めた。しかし思いもしなかったことだが、この日から消防隊や武装警察、さらにはなはだしいことに高砲連隊の部隊さえも来て、私たちを鎮圧した。さらに度を越していることは、これらの人々の中に、普段は(工場)付近にいるろくでもないならずものがかなり混じっていたことだ。彼らは大きな4台の大風日産(日中合資の自動車会社)の車に乗り、われわれに対して「お前らを4日間待っていた。お前らの終わりだ」と言ってきた。一人の役人はなんということか、こんなセリフを言い出した。「われわれが連れてきたs20111103b.jpg兵隊は、お前ら労働者より多いんだ!」。恨むべきか、悲しむべきか! 私たちは重大な罪を犯した連中だとでも言うのか? あるいは私たちは漢奸の売国奴だとでもいうのか? 私たちはただ、労働法に依拠して、自分たちの合法的な労働の成果を得ようとしているだけなのだ!
 10月31日、武装警察は私たちを工場に押し戻し、私たちに仕事に戻るように迫った。実際には(武装警官の導入は)10月末から始まったが、(それ以前に)工場側は二度と私たちを相手にするつもりはないとすでに公然と言っていた。そして政府が派遣した武装警官が私たちに工場で働くように迫っているのだから、工場側は何も心配することはなくなり、実際に彼らは私たちを相手にする必要もなかったのである。10月31日、警察が私たちを工場に押し戻した後、工場側は私たちに「労働者復職意向表」(写真)を渡した。そこには「復職に同意するものは、ただちに復職し、この表を戻すこと」「復職に不同意の者、および期限を過ぎてもこの表を提出しない者は、通告により、自分から離職したものとみなし、工場は給料を清算するが、しかし補償金は支払わない。争議をする者は、離職した後に法律による手段で解決するように」と書かれていた。
 これでまだ終わらず、作業場の中で、私たちは一方で警察によって一対一で監督され、工場では一日中、15分ごとに高い音の拡声器から工場の規律規則が放送された。「会社バッジをつけていないと3分(お金の単位、1元の100分の1)差し引く、離席表を持っていないと5分差し引く……」。私たちの心に重圧を加えてくる。警察たちは、手に電気棍棒を持ち、違った部門ごとに幾つかのグループに分かれ、私たちの行動に対して一対一で監督している。私たちを工場の入り口から作業場に戻したが、もし反抗する者がいれば、単に口先だけの反抗だけでも恐れており、ただちに5~6人が取り囲んで警察署に連れて行き、取調べようとしている。
 10月31日のこの日、多くの仲間たちが攻撃を受けており、一人の女性労働者は単に腰掛を蹴っただけなのに、一人の男性警察官によって地面に投げ倒され、腰を怪我した。後で病院に運ばれたが、今、彼女の状況がどうなっているのか、まだわからないのではないか?
 ほかの一人の男性の仲間は、ただ「僕は作業しない。僕一人でどうやって作業するんだ!」と一言言っただけで、警察署に連れて行かれ、今日の午後彼は警察署から出てくるや、すぐに自分から仕事をやめて家に帰っていった。警察署の中でどんなことがあったのかは誰も知らないが、それは彼をただちに深センから離れさせることになったのである。
 さらにおかしなことは、同じ日の午前中に一人のモデルをつくる部門の男性労働者がトイレから帰ってくるや、彼を見張っている人物が、凶悪な雰囲気で彼に言った。「なんで仕事をしないんだ! しかもモデルを壊している」。その後、彼は捕らえられて警察署に連れて行かれた。午後になって、彼がまだ帰ってこないので、彼の妻――同じようにすでに怯えきっていたが、彼女もまたシチズン冠星で働く女性労働者である――は非常に心配し、彼女の夫を解放させることができるのではと工場の屋上に行き、自分の命をかけて(自殺すると)脅し、それと引き換えに夫の釈放を勝ち取れるのではと願った。まさに彼女が飛び降りようとした瞬間、3人の訓練された素質ある武装警官がすばやく彼女を抱きかかえた。
 しかし彼女を救った後に、ただちに捕まえて警察署に送ってしまった。警察は自分を取り巻いて見ている仲間たちをすごく憎憎しげに見て、「何を見ているんだ!」と怒鳴った。私達はみな怒ったが、あえて口にはださなかった。
 新聞とテレビはどれも報道はしているが、しかし私たちの最も重要な状況はまったく報道されていない。メディアは今のところ、(労資の)協議が一致に達していないのだと報道しているが、しかし現実には工場側は根本的に私たちに関わろうとせず、協議の機会があるなどとはさらに言わず、ましてやあのような武装警察は私たちと何も話す必要などもっとない。彼らはただ、工場側の仕事に戻れという要求に私たちを屈服させ強制させるだけなのである。私たちの仲間の一部は、メディアのインタビューの後、警察に連れて行かれて取り調べを受けた。これがメディアのいうところの「協議の過程」だというのだろうか?
 この過程の中で、工場の対応はまた私たちを非常に失望させた。工場側は私たちに、すぐに仕事に戻るならば誰もに300元の報酬金を与え、勤続年数を一年あたり100元と計算してそれも加算した金額を与えると言っているだけで、これによって私たちに仕事に戻るように激励しているというのである。これ以外に、私たちの900時間の残業代を奪っていることや、養老年金がちゃんと支払われていないという最重要の問題があり、工場側はそれについては一言も語らず、企業としての責任をまったく果たしていない。
 よって、私たちは以下のように要求する。
 1)2005年10月1日から2010年10月31日までの間の毎日40分延長された残業代を支払うこと
 2)養老保険を実際の勤続年数で払っていないどころか、最低賃金(1320元)を基準にして払っているので、法律にのっとり、実際の就業年数と実際の賃金(2300元~2500元)で等しく補てんして支払うこと。
 3)工場の関連の部署が解散するとき、工場のやり方は恐るべきものがある。移転したり部署を解散するときは、必ず法にのっとり、月まで足した勤続年数に応じた経済的補償を行うこと。
 4)(既存の)労働組合は見せかけのものであり、不合理なことをを立案し、労働者をだまして不合理な労働契約を結ばせるものであるから、労働組合は労働者の利益を代表することはできず、工場側との協議や談判を進めることはできない。
 謹んで、各界のこの事件に関心を持つ友人が、引き続き私たちの闘いの進展に関心を持っていただけるように希望し、あわせて合法的な権利を守ろうとする私たち労働者を支持してくださるように望みます。

シチズン深セン冠星労働者
2011年11月1日 

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