独ゴアレーベンの核廃棄物搬入阻止闘争、5日間・126時間の激闘やりぬく
11月23日から28日の5日間、ドイツ北東部のゴアレーベンへの核廃棄物輸送阻止闘争が巨大な大衆的規模で激烈に闘われた(写真1・2)。ドイツの原発が生み出す核廃棄物をフランス北部のラ・アーグで処理し、高レベル廃棄物をゴアレーベンの中間貯蔵施設に運搬する作業は1995年以来、今回を含めて13回にわたって行われてきた。これに対して現地の住民は環境保護市民運動を結成し、35年間にわたって話し合い拒否、断固反対の闘いを続け、核廃棄物輸送が開始されると毎回、阻止闘争に決起してきた。〔この環境保護市民運動は日本の11・6集会に連帯声明をもって賛同してくれた〕
今回の5日間の激闘を闘いぬき、総括集会で環境保護市民運動と農民同盟が高らかに勝利宣言を発した。環境保護市民運動の代表ケアスティン・ルーデックさん(写真3)は、「輸送は終わったが、闘いはまだまだこれからだ」「ことを決めるのは、現地のわれわれだ」「今後とも核廃棄物中間貯蔵所には絶対反対で闘う」「核とわれわれは共存できない」と決意を表明した。
11両編成の核廃棄物輸送列車が、フランスのラ・アーグから1400キロの行程を走ってドイツのゴアレーベンに到着するまでに、昨年までの最長記録92時間を破って、今年は126時間を強制した。列車は、出発の地フランスでまず国鉄労働者を先頭とする阻止行動に直面した。ドイツに入ってからは、行く先々で線路がデモ隊の座り込みでブロックされたり、トラックやトラクターなどでバリケードが築かれたり、高レベル核廃棄物輸送列車は100回におよんで線路上に立往生させられた。
現地ゴアレーベンまで20キロの地点にあるダネンベルクからのコースが、このかん阻止闘争の主戦場となってきた。警察は2万人の機動隊を投入。ダネンベルクの抗議集会には2万3000人が大結集(写真4)。労働組合も参加。そこに農民が400台のトラクターに乗って合流した(写真5)。ゴアレーベン現地では、3000人近い行動隊が数日前からテントを張って待機し、搬入のコースを座り込みで埋め尽くす闘いに入っていた。
ダネンベルクからの最終ルートでの激突は、出発直後のメッティンゲンで始まった。線路上、道路上に座り込んだ数千のデモ隊にたいして、騎馬警官まで動員して襲いかかり、放水車、スプレーガスの直撃、警棒での乱打などの凶暴な弾圧がかけられた。これに対し、「農民決戦同盟」に結集した現地農民の一人が、線路上にコンクリートの構築物をつくってその中にたてこもり、15時間の抵抗を闘いぬいた。現地ゴアレーベンに、ヘリコプターと先導警察車両に守られた核廃棄物輸送車両が到着したときに待ち受けていたのは、数百人の座り込み隊列だった(写真6)。搬入の最後の一瞬まで、激闘は続いた。
フランスからの輸送は今回で一応終了ということだが、2014年にはイギリスのセラフィールドからの輸送がある。「脱原発」とは言っても、2020年までは存在しつづける原発は、廃棄物を生産し続ける。しかも、中間貯蔵施設とはいえ、そこから環境にまき散らされる放射線量は高まっている。ゴアレーベンの環境保護市民運動の現地35年間の不屈の闘争を中心に、大失業に怒る膨大な若者たちの参加、農民の戦闘的決起、労働組合活動家の合流、そして、フランス労働者の連帯行動の開始など、今回の5日間闘争は、ドイツ=ヨーロッパにおける反核・反原発闘争に新たな次元を切り開いた。(SR)
写真3について:訪独した全学連の松室しをりさんと談笑するケアスティン・ルーデックさん(2011年8月)
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