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星野国賠控訴審 勝利へ大きな道開き結審

国側医師の証人尋問を粉砕

控訴審に合わせて街頭宣伝を行い、星野暁子さんが激しい怒りをもって国の不当性を訴えた(2月13日 東京都千代田区)

星野国賠訴訟の控訴審第3回裁判が2月13日、東京高裁第23民事部(古谷恭一郎裁判長)で開かれた。星野文昭同志は1971年11月、沖縄返還協定批准阻止を目指し渋谷暴動闘争の先頭に立った。無実であるにもかかわらず「殺人罪」をでっち上げられ死刑求刑―無期懲役とされたが、獄中44年、非転向で闘いぬいた。不屈の闘いに恐れをなした国家権力は、星野同志のがんを放置し、でたらめな獄中医療で命を奪った。星野暁子さんら家族が国家賠償請求訴訟を申し立て、昨年、医療上の過誤が認められ、国に賠償支払いを命じる一審勝利判決をかちとった。

昨年12月、控訴審第2回裁判で東京高裁は突如として結審を引き延ばし、判決見直しの姿勢を示した。今回の裁判の最大の争点は、「東日本成人矯正医療センターでの星野の死は不可抗力だった」と主張する国の医師意見書の審理を許さず、徹底粉砕することにあった。霞が関デモと街宣を闘った60人が激しい怒りを胸に法廷に詰めかけ、東京高裁と対峙した。
原告の星野暁子さんは、法廷で「どんな優秀な医者が対応したとしても結果は変わらなかった、などという意見書を読んで怒りに震えた」「執刀医も助手の外科医も帰ったのに、誰が再開腹を決断するのか」と国を徹底弾劾した。
岩井信弁護士は、国が医療文献を都合よく引用していることを暴露し、肝臓外科専門医が国側意見書を完全に打ち破る「上申書」を提出したことを強調。さらに、一審で国は手術当日の夜には「重篤な状態ではなかった」と主張しながら、控訴審では、CTも血液生化学検査も行わなかったためにデータが存在しないことを逆手にとって、「もはや手遅れだった」とまったく逆の主張を行っていることを激しく弾劾した。怒りが法廷に満ちあふれた。
裁判長は結審を宣言し、双方の反論を出すよう告げて閉廷した。東京高裁は国に反論の書面を出させることで、最後の巻き返しを狙っている。だが労働者民衆の怒りが国側医師の証人尋問を粉砕し、勝利への大きな道筋を切り開いた。高市戦時独裁政権打倒、中国侵略戦争阻止、大坂正明同志奪還の闘いと一体で闘い、勝利しよう。

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