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希望バスに続く「希望テント」運動がサンヨン自動車の工場を包囲

s20120118b-1.jpg 韓進重工業のキムジンスクさんの闘いを支えた「希望のバス」運動は、その後も、各地の労働争議現場への連帯を組織する運動となって継続されている。1月13、14日の両日には、双竜(サンヨン)自動車平沢(ピョンタク)工場前に設置された「希望テント」村で、全国から結集した約3000人の労働者・市民による工場包囲闘争が闘われた。
 2009年に大量整理解雇の撤回を求めて77日間の壮絶な籠城闘争が闘いぬかれたサンヨン自動車では、闘争終結に際して資本が労組と交わした約束が一方的に反古にされ、19人もの組合員の自殺が相次いできた。これに対して「これ以上死なせてはならない!」「絶望の工場を希望の工場に変えよう!」という闘いが、韓進の勝利を突破口に新たに開始されたのだ。 

s20120118b-2.jpg 1月13日午後7時、金属労組の組合員をはじめ、全国各地から多くの労働者、学生、市民が平沢工場前に集まった。この日、希望テント村の一日村長は民主労総のキムヨンフン委員長が引き受けた。集会の後、金属労組のパクサンチョル委員長が「今から工場を包囲する」と宣言。爆竹3000本が参加者に配られ、工場の正門に向かって一斉に鳴らされ、正門前に横断幕が広げられた。そして昨年末に会社側によって他の場所に押し出されていたサンヨン解雇者の野宿座り込み場が、実力で元の位置に戻された。
 この日最も注目を集めたのは、キムジンスクさんの登場と発言だ。三部に分けて行われた集会の最後に登壇した彼女は、「解雇は殺人だという思い、キムジンスクをまたクレーンで越冬させてはならないという思いで最後までやりぬいた仲間たちの手で、サンヨンの仲間を生き返らせよう。19番目の殺人をしたあいつらの、20番目の殺人は防ごう」と訴えた。翌14日も、朝から再び工場前で集会が行われ、正門から裏門へと工場を包囲するデモが闘われた。
s20120118b-3.jpg サンヨン平沢工場前のこの希望テント村は昨年12月初めに設置され、参加者がどんどん拡がっている。そのほとんどが、韓進重工業の整理解雇撤回闘争に連帯した希望バスの参加者だ。テント村で毎晩祈祷会を行っているという韓国キリスト青年連合会のある学生はネット上で、「解雇を個人の責任とし、労働者の正当なストライキと闘争を暴力行為と罵倒する韓国社会では、整理解雇は社会的殺人だ」と断罪し、「希望テント村の村民になることは、誰かの死を黙認し、幇助して暮らす私たちの人間らしさを守る最低限の実践だ」と呼びかけている。そして、絶望の中から希望をつくりだす闘いが「いかに暖かく、胸ときめくことなのか」参加すれば分かると。この言葉は、「希望バス」「希望テント」運動が生み出しているパワーの最大の核心が、労働者階級の階級的団結とそこに育まれる人間的共同性の回復にこそあることを示している。
 韓国労働者階級の闘いは今、民主労働党に代わる新政党=統合進歩党の発足と、これへの民主労総の対応を巡って大きな分岐点を迎えている。統合進歩党の本質が、労働者の非正規職化推進の元凶であったノムヒョン政権の中心勢力との野合であることに、現場労働者の激しい批判と怒りが噴き出している。そしてこの政党再編劇の対極で、「希望バス」を引き継ぐ現場の闘いが不屈に、新たな希望をもって闘われ始めているのである。韓国労働運動は2012年、苦闘の中から確実に新たな歩みを開始した。これに連帯し、日本の階級的労働運動のさらなる前進を闘いとろう。(千) 

写真は上から、①工場包囲デモに立つ労働者(1月14日)、②工場前での集会(1月13日)、③集会で訴えるキムジンスクさん(13日) 

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