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反核燃大集会とともに、NAZEN青森の結成かちとる!

s20120410a-1.jpg 2012年「4・9反核燃の日」闘争は、野田政権の原発再稼動突破の攻撃と対決し、4月7日、青森市内での全国集会に1146人を結集して闘われた(写真)。3・11福島集会を引き継ぎ、改めて「原発なくそう!」「核燃なくそう!」の人民の意志が示された。NAZEN隊列はドラムに合わせ元気にはねてデモに出発。デモの終わりには小雪が吹雪に変わったが、参加者はそれに負けずにデモを打ち抜いた。
 7日17時からNAZEN青森結成集会が開催された。司会を南部バス労組書記長がつとめ、開会あいさつを間山正茂南部バス労組委員長が行った。 

s20120410a-4.jpgs20120410a-3.jpg 集会は、二つの提起を柱に進められた。初めにフクシマから椎名千恵子さんが「ひるまず、豊かに99%の怒濤を!」と題してアピール。福島では復興予算で様々なプロジェクトがつくられ、「除染」「身体検査」「給食安全検査」などに数百億から数千万円の予算がつけられて「国も県もいろいろやっているじゃないか」というキャンペーンになっている。そして、いわき市で双葉いじめがはやり、コンビニが混んでも双葉のせいだと話されているという現実に、ひるんでしまいそうになるという思いが率直に語られた。それは、逆に椎名さんを始めとする「福島の女たち」の闘いがいかに偉大なものかを示した。3・11福島集会が、復興翼賛色で染め上げられることを打ち破ったことの大きさ。改めて「『原発いらない!』を集会名称に入れることができて良かった」の言葉の意味を会場全体でかみしめた。椎名さんが最後に「ひるみませんよ。がんばりましょう」とまとめた中に、まさに椎名さんの心からの“前に進もう!”という決意が伝わってきた。
s20120410a-2.jpg 続いて、青森からの提起として「青森反核燃闘争のこれまで」を八戸北伝道所牧師であり写真家の岩田雅一さんが提起。「これから」を百万人署名運動・青森県連絡会代表の中道雅史さんが提起した。岩田牧師は、戦前から続く国の本質が六ヶ所、フクシマをもたらしていることを弾劾し、中国残留孤児の方の「この国は子どもたちに謝りましたか」という言葉を紹介。自分たちがこの国家に闘争してきたがゆえの「少数者」であり、その意義を受け止め、先人に学んで、自分も闘っていくと結んだ。中道さんは、何よりも日本の核武装を阻止する闘いとして、六ヶ所闘争を闘ってきたことを確認し、核燃サイクルとその一環である大間原発建設を止めることは核武装を止める道だと喝破。NAZEN青森の闘いの方向性を提起した。
 休憩をはさんで全国のNAZENの仲間からの発言。NAZEN事務局次長の富田翔子さんは、青森の風景を「ものすごい美しさと厳しさ」と表現。東京では青年が“見えなくさせられている”現実、仲間が見えなくなったとき死に向かってしまう現実を示し、自分の怒りを解放すること、生きる団結をつくることが問われていると訴えた。そしてNAZENが若者を引きつけて来たのは、「絶対反対! ぶれない! 貫くこと! そして元気に! ひるまない!」ことであり、これからも頑張ると決意表明した。
 百万人署名運動・福島の長沢宏さん、宮城連帯ユニオンの青年、国労秋田闘争団の小玉忠憲さん、ス労自主の入江史郎委員長、8・6広島-8・9長崎反戦反核闘争全国統一実行委員会事務局長の三角忠さんが闘いの決意を表明。連帯あいさつでは、反核燃闘争を闘い続けてきた地元の3人の人士からアピールが行われた。
 青森の青年はカンパアピールで、知り合いの青年から初めて賛同金もらえた闘いの前進を誇り高く紹介。閉会あいさつは、青森市の“闘うお母さん”がこれからもできることをしっかりやっていくと宣言し、NAZEN青森結成集会は65人の結集で大成功のもとに終了した。(青森・S)
 

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