三里塚耕作権裁判―NAAの「難くせ」を完全に打ち砕く
千葉地裁民事第2部(齊藤顕裁判長)で5月13日、市東孝雄さんの南台農地をめぐる耕作権裁判が開かれた。この日は関東が朝から強い風雨に見舞われたため、三里塚芝山連合空港反対同盟は予定した開廷前の集会・デモを中止したが、裁判勝利への闘志に燃えて顧問弁護団、支援の労働者・学生・市民とともに闘った。
裁判がいよいよ大詰めを迎える中で、原告の成田空港会社(NAA)はこの間、最後の悪あがきともいえる悪辣な主張を並べ立ててきた。今回弁護団はそれらに対し、逐一詳細に反論し粉砕する五つの準備書面を陳述した。
反対同盟法対部で活動していた元永修二氏が1988年に市東東市さん(孝雄さんの父、故人)からの詳細な聞き取りをもとに作成した、当時の南台農地の耕作現況、歴史的経緯などについての報告書(元永メモ)の正しさは、元永氏本人の証言でも十分に証明された。この元永メモに対し原告NAAは、「のちに賃借地の明け渡しを求められること(本件訴訟)を想定して、事実に反する内容で作成されたものだ」と言い出した。まったくありえない話だ。
元永メモが作成されたのは、当時の収用法による強制収用攻撃の切迫状況において、反対同盟の闘いとして、市東家の賃借地の場所を図で記載し市東さんの小作権の強い権利性についてはっきりさせることが目的だ。NAAがこの元永メモに難くせをつけ否定するのは、その高い証拠価値を認め大打撃を受けているからだ。
NAAは、市東東市さんと旧地主・藤﨑が交わしたとする「同意書」「境界確認書」とその添付図面を唯一の根拠に、市東さんを不法耕作者と決めつけ、明け渡しを求めている。だがNAAによる賃借地の位置の特定がまったく誤っていることを、元永メモは証明しており、逆に同意書、確認書こそ偽造文書であることを明らかにしている。
また、NAAはあくまでも「南台41ー9」=図のE1が市東家の当初からの賃借地だとの主張を維持するために、「戦前において市東家と石橋家の間で耕作地を交換した」というまったく根拠のない推測を押し出す。
石橋の申し出に応じて1971年に、市東東市さんがAとCの耕作地を交換したことは事実だが、「戦前に交換した」「交換は一度だけではなかった」などという主張は、NAAの主張のつじつま合わせのためにひねり出した苦しまぎれの憶測だ。
またNAAは「文書提出命令を拒否しても、主張が認められたケースもある」として最近の判例を一つ引っ張ってきた。だが、必ず存在すべき文書(空港公団の土地買収にかかわる報告書など)について「一切存在しない」とNAAがあからさまなうそをついている本件の事情とは全く違う。自らの文書隠しを正当化するような言い訳には全然ならない。
NAAはほかにも、2011年に地主藤﨑を弁護団と元永氏で直接訪ねて事情聴取した時の元永氏の発言について揚げ足取りのようなことをしたり、さまざまな難癖を並べ立てたが、弁護団は逐一徹底的に反論し容赦なく打ち砕いた。
NAAが唯一の証拠としてすがりつく同意書、確認書は偽造文書であり、その文書偽造の経緯が暴かれるのをおそれてNAAが裁判所の文書提出命令を拒否し続けていることが疑問の余地なく明らかになり、弁護団は原告NAAに求釈明を突きつけた。
次回期日を7月8日と確認し閉廷。
千葉県弁護士会館で伊藤信晴さんの司会で報告集会が開かれ、最初に市東さんがあいさつした。「向こうはああいう難くせしか言えない。自分たちに正当性が何もない。次回に彼らがまた反論でとんでもないことを言うかもしれないが、最終弁論へ向けてがんばります」
続いて弁護団一人ひとりが勝利感を湛えて発言し、9月の最終弁論に向けて一層奮闘することを約束した。連帯発言でユニオン習志野の菊池晴知さんは、SNSも駆使してこの裁判の実情を広く知らしめ不当判決を許さない運動をつくり出すことを呼びかけた。全学連の長江光斗書記長は、昨年の2・15天神峰農地強制執行との激突以来、新しい仲間を次々と増やして前進してきたことを力強く報告し、南台農地を実力で守り抜くとを誓った。
最後に東峰の萩原富夫さんが、「この裁判でわれわれがNAAを完全に圧倒しているのは明らかだが、最後まで気を抜かずに闘おう」と呼びかけ、7・7農楽まつり、10・13三里塚全国集会への参加、そして自ら証言台に立つ7月16日の団結街道裁判の傍聴を要請した。(TN)
スケジュール
◎空港拡張差し止め裁判 5月24日(金)午前10時30分開廷 千葉地裁
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