8・6広島8・9長崎 戦争法阻止・安倍倒せ 8・9長崎 被爆者の怒りが安倍を痛撃
"戦争反対""安倍倒せ" NAZENナガサキが牽引
8・9長崎平和祈念式典で被爆者代表の谷口稜曄(すみてる)さんが「今、集団的自衛権の行使容認を押し付け、憲法改正を推し進め、戦時中の時代に逆戻りしようとしています。戦争につながる安保法案は、許すことはできません」と毅然(きぜん)と発言すると、万雷の拍手がわき起こった。打ちひしがれる安倍、天をつく労働者・市民の怒り。昨年、同じ場所で「集団的自衛権の行使容認は日本国憲法を踏みにじった暴挙です」と安倍首相を弾劾した城臺美彌子(じょうだいみやこ)さんの決起は、今や被爆者を始めとする全労働者人民のものとなり、安倍首相を痛撃した。〝戦争法阻止! 安倍打倒!〟を真っ向から掲げた被爆70年の8・6ヒロシマ大行動―8・9長崎闘争は、団結した労働者階級の力で1%の資本家を打ち倒すまでやむことのない闘いであり、ここに1000万人の怒りと結びつく展望を開いた。動労総連合建設と国鉄決戦勝利、戦争法案絶対阻止・安倍打倒の9月決戦に総決起しよう。
■8・8鉄橋街宣と中華街デモ
8・9長崎闘争は、8月8日の午後1時の長崎市の繁華街にある鉄橋での街頭宣伝から始まった。NAZENナガサキの呼びかけに通行人が次々と改憲反対1000万人署名と反原発署名に応じ、1時間で約100筆が集まった。
午後3時に中華街横の湊公園でミニ集会を行い、1968年米原子力空母エンタープライズ寄港阻止闘争以来の中華街とアーケード街を貫通するデモに出発。NAZEN福岡とNAZEN事務局も参加し、「戦争反対」「安倍を倒そう」「長崎から声を上げよう」「原発なくそう」とコールを響かせ、大注目を浴びながら眼鏡橋までのデモをやりぬいた。
8月9日午前9時、城栄公園に約50人が集合しNAZENナガサキの橋里耕悟事務局長が「安倍をたたき出すデモをやろう!」と呼びかけ、平和公園の横を通り爆心地公園までのデモに出発。途中、目前を通過した安倍の車列を徹底弾劾し、怒りをたたきつけた。沿道の市民もデモ隊のコールに呼応し、次々とデモ隊への飛び入り参加があった。安倍への怒りはかつてなく高まっている。
午後1時30分、長崎県勤労福祉会館で8・9長崎集会が101人で開催された。
■佐藤幸子さんが福島から訴え
集会では福島診療所建設委員会の佐藤幸子さんが、5月で127人の子どもに甲状腺がんが見つかり、うち2人は肺に転移していたという驚くべき現状を明らかにした。また「安保法制は今なら止めることができる。広島、長崎、沖縄、福島がひとつにつながろう」と訴えた。被爆者の城臺美彌子さんは「長崎市は原爆投下でその年のうちに3分の1が殺された。残りの3分の1は後遺症で苦しみました。戦争の時は反対のことは何も言えなかった。それで広島、長崎に原爆が落とされた。戦後70年の節目と言うが、私たちに節目はありません。私たちは黙っているわけにはいきません」と決意を語った。
許すな改憲!大運動代表呼びかけ人の鈴木達夫弁護士が「すべての戦争は自衛の名において行われる。国鉄労働運動を軸に労働組合の闘いで戦争を阻止しよう。改憲反対1000万人署名を集めよう」と呼びかけた。
長崎保養のビデオが上映され、保養スタッフの女性の青年労働者が安倍の戦争政治への抑えきれない怒りを訴えた。NAZEN福岡の女性が翌日の川内原発再稼働阻止の現地行動への決起を呼びかけた。
■国鉄労働者が全国から結集
全国の国鉄労働者からのアピールで、動労千葉争議団の中村仁さん、動労西日本の山田和広書記長、動労水戸の西納岳史書記、国労闘争団の小玉忠憲さん、羽廣憲さん、石﨑義徳さんが登壇した。西納さんが被曝労働拒否の闘いと、9月5日に狙われている楢葉町の避難指示解除との闘いを訴えた。中村さんは6・30上告棄却決定に対して「不当労働行為を確定させたことは大勝利。だけど解雇は撤回しない。金さえ払えば労働者を使い捨てにできるということだ。こんなことは認めるわけにはいかない。これからも解雇撤回に向けて闘う」と決意を語った。
全学連の森幸一郎書記次長が「9月の戦争法案の成立を絶対に止める。学生はその闘いの先頭に立つ」と決意表明した。
2011年福島原発事故から4年、8・9長崎闘争として最高の闘いを実現した。長崎で主流派として登場したことを全参加者が確信した。
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