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天神峰カフェ、北原健一さんを迎え決意新たに

20171031c-1.jpg 10月29日、天神峰の市東孝雄さん宅離れの決戦本部で第8回天神峰カフェが開かれた。
 この日は、故北原鉱治事務局長の長男の健一さんを迎え大いにお話をうかがった。
 正午、決戦本部長の太郎良陽一さん、婦人行動隊の木内敦子さんら10人が集まり、最初に伊藤信晴さんが、24日から芝山で始まった空港機能強化策「説明会」に対する弾劾行動を報告した。会場から賛成意見は出ず、住民による白紙撤回を求める弾劾の嵐でNAAを圧倒した。
 その後、市東さん、婦人行動隊の宮本麻子さんらが合流し、北原さんも到着、参加者は20人に。
 健一さんは、自らの母校の遠山中学校で反対同盟結成に向けた第1回期成同盟の集会が開かれた時に、父・鉱治さんから「お前が行ってようすを見て来い」と言われ、講堂に入りきれないくらいの人が集まった熱気あふれる集会だったことを報告した。
 家に帰ると、父から「事務局長をやることになった」と言われたが、特に説明も聞かなかったそうだ。

20171031c-2.jpg そして「親父には商才があった」と語った。几帳面な性格に加え、当時御料牧場に勤めていた人たちに気前よく「つけ」で商品を渡し、あとは年2回のまとめての支払いで構わないというやり方を発案した。布団の卸しなども、九十九里海岸から飯岡あたりまで買い付けに行ったという。
 物のない時代だったこともあり、仕入れたものはよく売れ、子どもの頃、店に商品を並べる手伝いをしたりした。
 「一般的には商人は、体制側にまかれやすい。だけど空港絶対反対派が多く、条件付き賛成は少なかった。このことが闘争に踏み出すきっかけになったのではないか」
 「いつも闘いに入るときは家族への相談はなく、明日何時に行くからと言うだけ。自分の姿で示したかったんじゃないか。でも言わなかったからこそ逆に安心できた。相談されたら家族は反対せざるを得ないから」
「権力には動じなかったが、地域やまわりには気をつかっていた。自分の利益のためではなく、みんなのために闘っているという自信、信念があったからだろう。成田市議会議員選挙では最初は666票で下から2番だったが、票数がどんどん上がり、17位になったと自慢気に語ったこともあった」
 闘争をやめていく人も、最後に北原事務局長の所によくあいさつに来ていたという。鉱治さんは怒るかと思ったら、相手の話を全部聞いてじっくり考えてから話をしていた。一方、3・8分裂の時は、「原則を曲げるな」と健一さんにも語っていた。
 健一さんはあらためて、自らの決意を語った。
 「闘いをやめるのは簡単だけど、われわれには未来をつくるという誇りがある。闘ってきたことは絶対に無駄にはならない。今はまだみんな黙っているが、やっぱり革命しかないんじゃないかと思う。今の社会を作り変えなければならないと思う。『ヴ・ナロード(人民の中へ)』という言葉があるが、三里塚が市東さん、萩原さんを先頭に人民の中へ入っていけば展望が切り開かれる。一部の人だけでは革命はできない。人びとの中にはいらないといけない。これ以上権力の思い通りにさせない。市東さんを絶対に守らなければならない。これは市東さんだけの問題じゃない。地域、全国、全世界の問題だ」
 そして、「50年の闘いはみんなに支持されている。自分もこれからがんばっていく」と締めくくった。熱意あふれる語りに参加者全員が胸を熱くし、決意を新たにした。
 ユニオン習志野委員長の菊池晴知さんは、「三里塚の闘いはこれからだ。今が旬だと訴えたい」と感想を語った。
 市東さんは、「健一さんも言われたように正義はわれわれにある。だから国家権力をもっても闘いをつぶせない」とまとめた。
 健一さんは「市東さんと共に闘う。これからが大事だと訴えたい」と応えた。
 次回の天神峰カフェは11月26日(日)。みなさんのお越しをお待ちしています。(N)

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