エジプト革命の真っただ中で独立労組のナショナルセンター設立
1月30日、ムバラク政権打倒の闘いの真っただ中で、既成の官製労組とは別の新たな労働組合のナショナルセンター、EFIU(エジプト独立労働組合連盟)が設立された。設立宣言は述べている。「労働運動の闘いが現在の革命への道を切り開いた。だからこそ、エジプトの労働者は『官製』のナショナルセンターが労働者の代表として語ることを全面的に拒否するのだ。彼らは、労働者の権利を否定してきた。そして、あの有名な1月27日の声明では、現在のあらゆるデモに反対することさえ表明している」と。労働運動が革命を切り開いた! そして、革命の前進によって、労働者自身の組合を作る権利をもぎとったのだ。ここに、今日進行するエジプト革命の核心がある。
中東石油支配は、帝国主義の世界支配のキーポイントだ。そしてエジプトは、この地域の圧倒的な地域大国であり、またスエズ運河もあり、中東の柱だ。だからこそエジプトは、イスラエルに次いで、最も巨額の軍事援助をアメリカ帝国主義から受けてきた。その焦点は、労働者の闘いの鎮圧だった。「警察官の数が国民の37人に1人」といわれる極限的な警察国家がアメリカ帝国主義の援助によって作られ、労働運動の活動家は警察に逮捕され、拷問された。労働者を抑圧するもうひとつの手段が、ETUC(エジプト労働組合総連合会)だ。これは単なる右派組合ではなく政府機関の一部と言った方がよい。執行部は事実上すべて政府に任命される。労働組合というよりも、労働者を監視し管理する機関なのだ。このETUC以外の労働組合は禁止された。ストライキはもちろん、どんなささやかな職場抵抗闘争も、用意周到に非公然の組織網を作り、秘密の訓練を重ねてからでなければ行えなかった。
だがエジプトの労働者階級は、この弾圧体制下の粘り強い組織化の努力によって、2006年には工業都市マハラの国営繊維工場で27000人の労働者の大ストライキを闘うまでに成長した。警察部隊が投入され、大量の逮捕者と負傷者が出たが、労働者は屈しなかった。07年初めには、マハラ繊維工場でさらに巨大なストが闘われ、一人の逮捕者も出さずに賃上げ要求をかちとる大勝利を実現した。「権力が、労働者の力に恐れをなした!」――この知らせが全エジプトをかけめぐり、労働運動の壁がいたる所で打ち破られはじめた。
さらに、07年夏のサブプライムローン破綻に始まる世界大恐慌への突入が、食糧価格の急騰となってエジプト人民の生活を直撃する中、08年4月には全エジプトのゼネストが呼びかけられた。その拠点であるマハラの繊維工場は、スト前から機動隊に占拠されてストにはならなかったが、マハラの30万人以上の労働者が弾圧抗議集会・デモに結集し、食糧暴動闘争に決起した。これがエジプト全土に波及し、ムバラク体制を根底から動揺させた。そして2010年には、各地のストライキだけでなく、全国レベルでの最低賃金要求闘争が爆発していった。本年1月25日に始まるエジプト革命は、こうした階級的労働運動の積み重ねの上にかちとられたのだ。
ムバラク体制への反乱を抑えきれないと見た米欧や日本の帝国主義は、エルバラダイらに事態を収拾させようと動き出している。だがエジプトの労働者階級はこのような勢力を突破して進むであろう。エジプト労働者の闘いは今や、中東全体の革命に直結している。そして中東石油地帯の支配の崩壊は、アメリカのドル体制の崩壊であり、帝国主義の世界支配の崩壊だ。世界革命の時代がついに来たということだ!(ST)
写真上は2007年1月マハラでスト決起した労働者。写真下は2010年5月2日の最低賃金要求闘争。
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