中国・寧波デモ続報、市政府包囲と武装警官との激突さらに続く
10月22日から開始された中国浙江省寧波市でのデモは、26日の深夜の激突で武装警官の暴行を受け、多数の逮捕者を出したにもかかわらず、27日以降も不屈に継続して闘われた。28日も早朝から労働者住民は市内の天一広場に集まり、数千人がデモ、1万人近くの労働者住民が寧波市政府を取り囲み、市政府に化学工場建設の中止を訴えて闘った。(写真は天一広場から市政府までデモで移動する労働者住民と、市政府前で訴える寧波大学学生)
浙江省寧波市鎮海区にある寧波石化経済技術開発区に新設されようとしている化学工場は、ポリエステル繊維やPET樹脂の原料となる有毒のパラキシレンを生産し、労働者・漁民・住民の命と健康を脅かそうとしている。市政府はこの開発区を石油化学産業、パラキシレン生産の拠点にしようとしており、それに対する労働者住民の「生きるための」命がけの決起である。
この決起に対して、政府は武装警官を投入し、徹底した弾圧で対応した。デモに参加させないために、労働者には土日の休日出勤を命じた。学生には大学から外に出ないように通達を出し、もし外に出た場合は卒業証書を出さないと恫喝した(中国の大学は基本的に全寮制のため、学生は大学内に住んでいる)。そして支援者が寧波に駆けつけないように、高速道路の道案内にカバーを掛けて隠し、寧波への道を封鎖するという暴挙にさえ出た。また26日の深夜の激突では、多数の逮捕者のほか、寧波大学の大学生一人が武装警官の暴力で死亡している(市政府はデマであると否定)。
こうした弾圧にも関わらず、闘いは一日中やむことなく、市政府は包囲され、化学工場建設の中止の要請から寧波市長の責任追及まで弾劾の声は高まった。この1万近くの労働者住民の決起に追いつめられて、寧波政府は夕方になって「パラキシレンのプロジェクトは行わない」との声明を発し、工事を中止するとした。勝利の喜びに沸く労働者市民は、不当逮捕された仲間たちの釈放を要求して闘いを継続した。だが市政府は、20時45分までに市政府周辺から立ち去れと命令した。一歩もひかず、逮捕された者の釈放を求める住民。闘いは夜に及んだ。
しかし市政府は、こうした「工事中止」の声明を用意する一方で、他地域から多数の武装警官を市内に動員し、主要な道路を封鎖した上で、市政府周辺に配備していたのである。20時45分直後、事態は一変した。武装警官は抗議する住民に暴力的に襲いかかり、暴行を振るい、次々と逮捕していった。催涙弾が打ち込まれる。抵抗する住民との間で再び激しい激突が始まった。一方で武装警官は寧波大学を包囲した。そこでは殺された学生の追悼が行われていたが、武装警官は学内に突入し、デモに出た学生を現在割り出そうとしているという。ここでも激突が始まっている。
昨年8月の大連でも、10万人の労働者住民が決起して、パラキシレンを生産する化学工場の工事再開中止と移転を市政府に認めさせたが、その後工場が再開され、大連市政府の声明がまったくウソであったことが現在明らかになっている。今回の声明も、本質は同じだ。だが、このようなウソとペテンの政策は政府への不信と怒りをますます高めるだけであり、結局は労働者住民の一層やむことのない決起と、スターリン主義打倒への鮮明な闘いを生み出していくことになるのである。帝国主義の下で、そしてスターリン主義の下で、労働者はもはや闘う以外に生きていくことはできない。命がけで決起する中国の労働者との団結を求めて、11・4労働者集会の成功をかちとろう!(G)
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