団結街道裁判で小泉市長の証人採用決定!
千葉地裁民事第3部(岡山忠広裁判長)で7月14日、団結街道裁判が開かれ、今回ついに成田市長・小泉一成の証人採用が決定された。三里塚芝山連合空港反対同盟、顧問弁護団、支援の労働者・学生の粘り強い闘いによってかちとられた重大な勝利だ。
団結街道(成田市道・天神峰―十余三線)は、天神峰で営農する市東孝雄さんにとって、自宅と南台の耕作地を直線で結ぶ日々の農作業に不可欠の道路であった。市東さんだけでなく、日常的に多くの人が利用する道でもあった。ところが成田市は、成田空港会社(NAA)の意を受けて、この団結街道に廃道決定を下し、2010年6月、夜陰に乗じて暴力的に封鎖し、土地を格安でNAAに売り飛ばした。その違法性を追及し廃道処分の取り消しを求めるのがこの裁判だ。
開廷早々、弁護団が小泉市長の証人採用を求める補充書の陳述を行った。
2018年にこの法廷で成田市の土木部長であった中村壽孝が証言したが、「知らない、わからない」を繰り返し質問にまともに答えられないという体たらくだった。以来証人調べが中断し5年にもなるが、この廃道決定の最高責任者である小泉成田市長の証人尋問を一貫して求めてきたにもかかわらず、被告の市とNAAが反対し、裁判所が判断を先送りしてきた。弁護団はその経緯を振り返り、「直ちに採用を決定すべき」と語気鋭く迫った。そして、小泉市長のほかに証人として、当時の副知事、空港部長、中村の後の土木部長、土地の鑑定をした不動産鑑定士など、さらに成田市議会議員だった足立満智子さん、訴訟当事者である市東孝雄さん、萩原富夫さんを採用するよう求めた。
前回からこの裁判を引き継いだ岡山裁判長は淡々とした口調で、18年以来5年も尋問が中断している事実を確認した上、まず「小泉市長を証人として採用する」と明言した。
さらに団結街道の廃道に伴う「機能補償道路」の完成時期について、前回の中村証言においては明確にならなかったことを踏まえて、適切な別の証人を出すよう被告側に求めた。
三つ目に、市東さん、萩原さんを証人として採用決定し、弁護団が申請した他の者は不採用とした。
被告・市の代理人は平静を装いながら市長の証人尋問について「承知」の意を表した上で、「法廷において静粛性が担保されるかどうか懸念される。裁判所外での証言も検討してほしい」と述べた。つまり、ビデオリンクでの尋問を考えてくれというのだ。とたんにそれまでの「静粛」を打ち破って傍聴席から「何を言うか!」「市長をここに呼ぶのは当然だ」との怒りの声が上がった。
岡山裁判長は気圧されながら、「尋問の時に今みたいに傍聴席からの声が発せられると、記録が取れなくなる。われわれ裁判所に向けての声ならどうということはないが、尋問の内容が聞き取れなくては意味がなくなる。ある程度の静粛の中で行われるのならば、この法廷で行うことにやぶさかではないが、当事者の意見を聞いて決める」と述べた。
弁護団は、「市長が法廷外にいて尋問というのは認められない。これまでの三里塚関連の裁判の中でも、喧騒を極めて記録も取れなかったようなことは一度もなかった」と主張した。
最後に次回期日を11月10日、次々回を3月1日として閉廷した。小泉市長が実際いつ証言台に立つのかについては、今後検討の上決まる。
付近の会場で報告集会が開かれた。最初に司会の伊藤信晴さんが、「念願の小泉証人採用を今日引き出した。当時の状況として2009年、民主党政権のもとで前原誠司国交相が羽田空港の国際化を言い出し、成田周辺自治体が危機感を抱いて空港推進へと傾いた。芝山町長の相川勝重も深夜早朝便の規制緩和を四者協議会に提案した。小泉(07年成田市長初当選)の証人採用は非常にむずかしいと私は思っていたが、弁護団の先生方の奮闘でついに実現した」と感慨を述べた。
そして弁護団一人ひとりが発言し、今回の証人決定が傍聴者の厳しい監視と支援の力があっての勝利と確認した。しかし、ビデオリンクでは尋問の効果が減殺され、まともな追及ができなくなることを説明し、絶対に法廷での尋問を実現する決意を語った。
動労千葉特別執行委員の山田護さん、市東さんの農地取り上げに反対する会、群馬・市東さんの農地を守る会、東京西部ユニオンの労働者が連帯発言を行った。最後に伊藤さんが7・24耕作権裁判&デモへの全力での結集を呼びかけ、さらに気を引き締めて闘いぬくことを誓い合った。(TN)
スケジュール
◎耕作権裁判 7月24日(月)午前9時千葉市中央公園集合→市内デモ 10時30分開廷 千葉地裁
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