戦時弾圧と闘い反戦・反核を 杉並 3・1ビキニデー集会とデモ
すべての原発いますぐなくそう全国会議(NAZEN)東京と改憲・戦争阻止!大行進東京の主催で「ビキニ被爆から71年 反戦・反核・反原発集会」が3月1日、杉並区高円寺で開催された。会場を満杯にする95人が参加した。
毎年杉並で開催してきた3・1ビキニデー集会だが、今年は「戦時弾圧」との闘いが刻み込まれた集会となった。まず、前日に京大弾圧を完璧に打ち破って7学生を不起訴奪還した全学連の学生が勝利の報告を行い、会場を熱くした。
8・6広島暴処法弾圧裁判弁護団の森川文人弁護士が「戦争の時代、反戦反核は犯罪か?」と題して講演した。「国家権力から見たら国策に反旗を翻すことは犯罪。弾圧の目的は反戦反核の闘いは悪だとすること」と説いた。そして「弾圧は戦争と一体。戦争は外に向かっての暴力で、弾圧は内に向かっての暴力」と喝破し、戦時下の弾圧と対決して反戦闘争を闘うことを訴えた。続いて暴処法弾圧被告の古郡陸さんが、5月沖縄―8・6広島へ弾圧を団結の拡大に転化して闘う決意を述べた。内乱に向けて突き進む反戦運動にかけられた「戦時弾圧」は、闘争主体の強固な闘いで必ず打ち破ることができる。集会参加者全体の確信として会場に広がっていった。
NAZEN事務局長の織田陽介さんによる経過報告では、ビキニ事件の現在的意味と3・11反原発福島行動の決戦性が明らかにされた。トランプ再登場による米日の中国侵略戦争突入情勢に対して、沖縄の闘いがこの侵略戦争を止めることができる最前線にあることが説き明かされた。さらに原発推進―核武装への第7次エネルギー基本計画を推進する石破政権に対して、反核・反原発の闘いこそ石破打倒の質をもって闘われるべきこと、当面する最大の焦点が3・11郡山への大結集にあると訴えられた。
婦人民主クラブ全国協議会杉並支部から、9日の国際婦人デー集会&デモへの参加とカンパのアピールが発せられ、多額のカンパが寄せられた。
3・11反原発福島行動25実行委員会の椎名千恵子さん、青森、能登からのメッセージ紹介に続き、NAZENいけぶくろの青年労働者、大行進・三多摩の労働者、そして全学連の渡辺祥英書記次長が闘いのアピールを力強く発した。三多摩の労働者からは、米軍横田基地をめぐる戦争態勢のエスカレーションが、航空自衛隊のパイロットが米軍戦闘機に搭乗して訓練が行われていることなどを例に暴露・弾劾がなされた。
まとめと行動提起に立った改憲・戦争阻止!大行進杉並の洞口朋子杉並区議会議員は、「原水爆禁止署名運動の発祥の地であるこの杉並から反戦・反核・反原発闘争を闘っていく」と決意表明し、「弾圧を粉砕して3月闘争を徹底的に闘っていこう」と訴え、大高揚した集会を締めくくった。
集会を終えて高円寺デモに移り、「石破倒せ!トランプ倒せ!」「中国侵略戦争絶対反対!」「反戦・反核・反原発!」とコールを高円寺の街に轟(とどろ)かせた。沿道では想定以上のビラが配布され、街を行く市民から多数の大軍拡反対署名が寄せられた。(改憲・戦争阻止!大行進杉並 北島邦彦)
▼3・1ビキニデー 1954年3月1日、アメリカ軍は太平洋中央部のマーシャル諸島のビキニ環礁で、広島型原爆の1千倍の威力を持つ水素爆弾の爆発実験を強行した。これにより現地の島民や遠洋漁業をしていた1000隻超の日本の漁船が被爆した。被爆したマグロ漁船第五福竜丸が静岡県焼津市に帰港後、乗組員多数が入院し、無線長の久保山愛吉さんが被爆死した。これを機に東京・杉並から始まった原水爆禁止の署名運動が瞬く間に全世界に広がった。
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